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2021年9月20日

北海道洞爺湖サミットの記録写真が飾ってあった場所はロビーを入り、右手にありました。

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2021年9月19日

第34回主要国首脳会議(G8)は、2008年7月7日から7月9日まで日本の北海道虻田郡洞爺湖町のザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパを会場にして行われたそうです。

通称は北海道洞爺湖サミットと呼ばれたそうです。

当時の首相は福田康夫内閣総理大臣です。

また、憲法の規定により翌2009年1月20日で任期満了を迎え、退任が決まっていたアメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領にとっては最後のサミットとなったそそうです。

これらの写真は、その時のサミットの写真です。

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2021年9月16日

ザ・ウィンザーホテル洞爺は、2008年に開催された「北海道洞爺湖サミット」のメイン会場として使用されました。

環境問題に焦点を当てたサミットでは世界各国から多くの関係者をお迎えし、素晴らしい風景とおもてなしで世界の首脳陣を魅了したそうです。

サミットの会場を見学できるということで、ホテルに行くと、そのサミットの写真が飾ってある場所まで連れていってくれました。

さらに、赤い絨毯に沿って行くと外に出らてることを教えてくれました。

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2021年9月11日

柱状節理の見学も終わり、水中遊覧船は桟橋へ戻っていきました。

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2021年9月 7日

船は柱状節理に近づきました。

湖の水面下には切り立った崖のような光景が広がります。

これはカルデラ生成時に、マグマが急激に冷やされ収縮した際にできた割れ目で、支笏湖の見どころだそうです。

また、チップ(ヒメマス)にも出会えました。

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2021年9月 4日

支笏湖は、支笏火山が約4万年前に噴火して出来たカルデラ湖です。

支笏湖は、海抜240mにあって、水深は田沢湖に次いで二番目に深く、一番深い湖底の水深は363m、平均水深も約265mということでした。

波の波紋のような湖底から柱状節理を目指して船は進みます。

湖の水面下には「柱状節理」と呼ばれる、切り立った崖のような光景が広がってきました。

これはカルデラ生成時に、マグマが急激に冷やされ収縮した際にできた割れ目で、支笏湖の見どころだそうです。

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2021年9月 1日

支笏湖観光船レストハウスからは、湖へ桟橋が伸びていて、ここから水中遊覧船が出航します。

運行されているのは、2隻の水中遊覧船で、「サファイア」・「エメラルド」という名前が付けられていているそうです。

私たちはエメラルド号に乗りました。

船内に入ると窓から見える湖のコバルトブルーが目に飛び込んできます。

窓の位置は水深2mで、私たちを歓迎するヒメマスが目に飛び込んできました。

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2021年8月28日

支笏湖の湖畔、支笏湖温泉の脇から流れ出す千歳川の源流部に架かる鉄橋です。

きれいな千歳川では子供たちが舟遊びをしていました。

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2021年8月25日

山線鉄橋は、明治32年に北海道官設鉄道上川線に「第一空知川橋梁」として空知川に架けられていたものが、大正12年に王子製紙の専用軽便鉄道として現在の場所に移された、英国製ダブルワーレントラス橋だそうです。

軽便鉄道は明治41年から昭和26年まで運行しており、「山線」という名は、苫小牧から日高方面海沿いに走っていた鉄道を「海線」と呼び、支笏湖方面に走っていた鉄道を「山線」と呼んでいたことに由来するそうです。

昭和26年8月、急速に進んだ道路整備により軽便鉄道が廃止され、山線鉄橋も鉄道橋の役目を終えたそうです。

その後、昭和42年に支笏湖のシンボルとして王子製紙から千歳市に寄贈され、道路橋・歩道橋として長年利用されてきて、老朽化の著しかった橋は、市が平成7年から3年間にわたる解体修復工事を行い、再生されたそうです。

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2021年8月22日

北海道を代表する湖の一つである支笏湖の湖畔に、千歳川を渡る鉄橋(歩道橋)があります。

この鉄橋は、北海道で現存する現役最古のもので、日本の橋梁史においても稀少かつ重要な資料として評価を受けているそうです。

英国製200ftピン構造ダブルワーレン橋で、明治政府より明治15 (1882) 年に鉄道建築技師長として招聘されたイギリス人のポナール氏設計によるピン結合トラス橋だそうです。

輸入された当初は、明治32 (1899) 年から北海道官設鉄道上川線の砂川妹背牛間に架けられていましたが、設計荷重が小さく輸送量の大幅な増加に対応できなくなり、大正12 (1923) 年頃に架け替えられたそうです。

その後、橋は当時苫小牧から千歳川上流部に敷設されていた王子製紙の専用軽便鉄道(山線)の橋として支笏湖に移され、湖畔橋と呼ばれ親しまれていたそうです。

昭和26 (1951) 年8月、急速に進んだ道路整備により軽便鉄道が廃止され、湖畔橋も鉄道橋の役目を終え、その後、昭和42年に支笏湖のシンボルとして王子製紙より千歳市に寄贈され、道路橋・歩道橋として長年利用されてきたそうです。

その鉄橋の傍に、山線湖畔駅博物館がありました。

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比佐デンタルクリニック 院長 比佐進吉 比佐デンタルクリニック
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院長 比佐進吉

大学病院時代そして開業してからも、休むヒマなく歯科の研鑽と診療に取り組んできました。今は、夏休みやお正月休みに少しお休みをいただき、旅行に出かけたり趣味の音楽を楽しんだりしています。

【経歴】
1980年 日本歯科大学新潟歯学部卒業 同学部歯科矯正学教室助手
1982年 日本歯科大学大学院歯科矯正学入学
1986年 同大学院修了 歯学博士授与
1987年 日本歯科大学新潟歯学部歯科矯正学教室講師
1990年 矯正学教室退職後、非常勤講師
1990年 内藤歯科医院勤務
1991年 比佐デンタルクリニック開設、院長就任
自立支援医療機関(育成・更生医療)および顎機能診断施設指定
2003年 医療法人社団運上会 比佐デンタルクリニックに組織改編、理事長就任