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2018年9月20日

前回からのドゥカーレ宮殿の続きです。

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羅針盤の間は、司法行政専用のフロアの最初の部屋で、部屋の名前は、部屋の角に置かれている公正の像の載った大きな木製の羅針盤に由来します。パオロ・ヴェロネーゼ作の絵画です。

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ヴェネツィア共和国は、1104年に、軍直属の軍需工場が創られ、軍船の修理を始めたそうです。そして、1320年には軍船や大型商船の造船所となり、最大16,000人が従事し、船のロープ・帆桁などを個別に生産し、一貫作業で1日1隻の造船能力があったといわれいます。その当時の武器です。

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剣や鎧、拳銃と鉄砲、馬用の鎧など、ヴェネツィア共和国の軍事力を彷彿とさせる武器類がずらっと展示してあります。、

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面白い窓ガラスがありました。

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2階の大運河に面した大評議会の間です。高さ53メートル、幅25メートルの驚くほど大きな部屋です。ヨーロッパで一番広い部屋とも称されています。

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大評議会の間の正面の壁一面に描かれている天国です。ヴェネツィア派の画家ティントレットの作品です。世界一大きなキャンバス画と言われています。

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鉛の監獄と呼ばれていたこのドゥカーレ宮殿の牢獄です。

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ため息橋からパリァ橋を見ることができました。囚人はこのような映像を見たのですね。

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2018年9月19日

ドゥカーレ宮殿は、ヴェネツィア共和国の総督邸兼政庁であった建造物だそうです。

8世紀に創建され、14世紀-16世紀にかけて現在の形に改修されたそうです。

サン・マルコ広場に面して建造され、運河を隔てて対岸の牢獄跡と、ため息橋で結ばれています。

外観はゴシック風のアーチが連続し、イスラム建築の影響も見られる細やかな装飾が施されています。

現在内部は、ヴェネツィア市民美術館財団の運営する美術館の一つとして公開されています。

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ドゥカーレ宮殿の中庭です。正面はサン・マルコ大聖堂のクーポラです。

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ドゥカーレ宮殿はサン・マルコ大聖堂に隣接しています。

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ドゥカーレ宮殿の中庭で見かけた密告の口だそうです。宮殿の壁に設置してありました。人間の顔をしていますがライオンの顔です。治安機関である十人評議会への密告書を受け付ける投函口になっていたそうですいます。

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ヴェネツィア共和国時代、議員や貴族、外国から来た要人など限られた人だけが通ることを許された黄金の階段だそうです。その呼び名にふさわしく、金箔がふんだんに使われ装飾されていました。


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ヴェネツィア派絵画の重鎮ティツィアーノの作品で、祈りを捧げるグリマーニ総督 です。

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元老院の間です。外国の代表団や重要な人物、有名な人物を迎え、総統と6人の評議員で構成された治安裁判所が会見する部屋だったそうです。これはパオロ・ヴェロネーゼの天井画です。

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2018年9月18日

ナポレオンがベネチアを征服し訪れた際に世界一の広場だと言ったのが、ここサンマルコ広場です。その広場付近を見学しました。

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バポレットの船着き場から最初にドゥカーレ宮殿が見えてきました。


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サン・マルコ広場をサン・マルコ広場たらしめているのが、このサン・マルコ寺院です。

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大勢の観光客でごった返しているサン・マルコ広場です。


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正面からのサン・マルコ寺院です。中に入りましたがカメラの撮影は禁止でした。

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パリャ橋は写真の通りとってもごった返している場所です。ここから、ため息橋を撮影するポイントだからです。

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ため息橋とは、囚人が牢獄に入る前にこの橋から外を見て、この世に別れを告げてため息をついたということから名づけられたそうです。

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ドゥカーレ宮殿とカナルを隔てて、向かいにある小さな島のサン・ジョルジョ・マッショーナ教会が見えます。


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サン・マルコ寺院の前にある高さ96.8mの鐘楼です。エレベータで上に登れますが、その上に登る人の列が長く、登るのを断念しました。

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ドゥカーレ宮殿の正面です。


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これからガイドさんとドゥカーレ宮殿に入ります。

2018年9月17日

リアルト橋からサン・マルコ広場までバポレットからのカナル・グランデの風景です。

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S.Angeloのバポレット船着き場です。

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修復中のアカデミア橋です。

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サン・マルコ広場にある高さ96.8mの鐘楼がみえます。

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ドゥカーレ宮殿が見えてきました。

2018年9月14日

リアルト橋はカナル・グランデに架かる街のシンボルとなっています。

カナル・グランデには4つの橋が架かっていますが、リアルト橋は一番古い橋となっています。

橋の大きさは幅22.9メートル、高さ7.32メートル、そして最大支間長は28.8メートルとなっています。

橋はサンマルコの町とサンポーロの町の両方に架かっています。

その先にはベネチアで一番古いサン・ジャコモ・リアルト教会への道になっています。

リアルト橋は、ベネチアでも多くの人が訪れる観光地です。

橋は歩行者が歩けるようになっており、多くの観光客が行き交っています。

周辺にはおみやげ屋さんが並び、ショッピングも楽しむことができます。

また橋の下は、ベネチアの水上バスであるヴァポレットやゴンドラが通って行くのを見ることができます。

リアルト橋はその見た目から白い巨像とも言われています。

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この近くの細い水路にゴンドラ乗り場があります。

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橋の上には多くの観光客がいます。

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確かにリアルト橋は白い像のように見えるかもしれません。

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2018年9月11日

スカルツィ橋からリアルト橋までのカナルのヴァポレットからの景色をお伝えします。

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S.Marcuola casinoの船着き場です。

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カジノ・ディ・ヴェネツィア・ヴェンドラミンカレルジは、初期ヴェネチアン・ルネッサンス様式の建物だそうです。

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カナルからアドリア海の方を望みます。

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カ・ドーロは連続したアーチが印象的なヴェネチアン・ゴシックを代表する建物だそうです。

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カ・ドーロの船着き場です。

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ヴネチアの主要運河カナル・グランデに巨大な手を取りつけたのは、アーティストとして活躍しているLorenzo Quinn氏だそうです。手は、ゴンドラで運ばれ、運河からホテルの正面に設置されたそうです。

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①番乗り場から乗船したヴァポレットはリアルト橋まででした。一度、下船してリアルト橋を見学して、再度次のヴァポレットに乗り、サン・マルコ広場を目指します。

2018年9月 7日

ミラノ中央駅を8:15発の高速列車フレッチャビアンカでベネチアへ向かいます。

10:40にサンタルチア駅に到着しました(乗車時間2時間25分)。

駅前にある停船所からヴァポレット①に乗り、サン・マルコ広場へ向かいます。

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アドリア海が見えてきました。もうすぐ、ベニスに到着です。

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サンタルチア駅6番ホームに到着しました。

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今回、乗ってきた最高速度300㎞/hのフレッチャビアンカの高速列車です。

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駅をでたところのスロープからカナルを眺めます。左側です。観光客が多いのに驚きました。

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出た正面です。

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出た左側です。この方向にバァボレットのチケット自販機がありました。問題なくチケットを購入できました。

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バァボレット①番乗り場(各駅停車)から出発です。サン・マルコ広場を目指します。

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ゴンドラが通りました。

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スカルツィ橋の下をくぐります。

2018年9月 3日

北イタリアに広がる湖水地方を代表する湖の一つにコモ湖はあります。

その細長い人の字のような型をした湖の先端にある街コモは、コモ湖の玄関口です。

優雅な避暑地として世界的に知られるコモは、こじんまりとしながらも気品あふれる素敵な街です。

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コモの港です。

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港から街の方へ歩いてみました。

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コモの市民広場を通ります。

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少し静かな裏通りのようです。

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コモの街を一望できる、あるビルの屋上からの眺めです。

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建物の屋根はすべてオレンジ色です。

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ロンバルディア・ルネッサンス様式のドゥオーモだそうです。電車の時間の関係で、建物の中へは入りませんでした。

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オムーネの塔です。

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列車にてコモ・ラゴ駅からミラノ北駅へ向かいます。楽しかったコモ湖の観光は終了しました。

2018年9月 1日

ベラージオから高速船でコモへ向かいます。乗船時間は44分です。

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湖畔のホテルやビィラが見えます。

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この日は一日雨の予報でしたが、雨に降られず観光が出来そうです。


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途中、一箇所だけ港に寄りました。

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湖畔に建つオレンジの綺麗な家並みが観察されます。

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コモの港が見えてきました。


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コモに到着です。

2018年8月29日

コモ湖の真珠と呼ばれるベッラージオは、イタリア共和国ロンバルディア州コモ県にあり、人の字状のコモ湖が二股に分かれる地点にあります。

ヨーロッパ人のバカンスの雰囲気があふれ、静かでおしゃれな街です。

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船着場から歩き始めます。

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船着場のある街の中心地から、いくつかの坂道をあがってみるときれいな草花が咲き誇っていました。

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坂からコモ湖を望む絶景です。

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素晴らしい庭園がありました。

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湖の前にあるレストランのきれいな藤棚です。

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船着場の町並みです。

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湖のわきに立つ高級ホテルです。このプールサイドで昼食をとりました。

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比佐デンタルクリニック 院長 比佐進吉 比佐デンタルクリニック
http://www.hisa-dental.com/
院長 比佐進吉

大学病院時代そして開業してからも、休むヒマなく歯科の研鑽と診療に取り組んできました。今は、夏休みやお正月休みに少しお休みをいただき、旅行に出かけたり趣味の音楽を楽しんだりしています。

【経歴】
1980年 日本歯科大学新潟歯学部卒業 同学部歯科矯正学教室助手
1982年 日本歯科大学大学院歯科矯正学入学
1986年 同大学院修了 歯学博士授与
1987年 日本歯科大学新潟歯学部歯科矯正学教室講師
1990年 矯正学教室退職後、非常勤講師
1990年 内藤歯科医院勤務
1991年 比佐デンタルクリニック開設、院長就任
自立支援医療機関(育成・更生医療)および顎機能診断施設指定
2003年 医療法人社団運上会 比佐デンタルクリニックに組織改編、理事長就任