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2018年11月11日

ドイツのチョコレート生産量は世界一で、消費量では、スイスに次いで第二位ということだそうです。その2では奥のチョコレート工場から紹介します。

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チョコレートを製造する様々な機械が置いてありました。

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この列は何でしょうか。

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生チョコをウエハースに載せて試食させてくれるコーナーでした。

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チョコレートの料理教室が行われていました。

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大きなチョコレートの動物が展示されていました。

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博物館からケルン大聖堂が眺められます。

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ホットチョコレート用のカップやポットが展示されていました。

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チョコレートはラグジュアリーな飲み物だったのですね。

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昔の贈答用のチョコレートの缶が並んでいます。

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昔のチョコレートの販売機です。

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2018年11月 6日

第77回日本矯正歯科学会学術大会が横浜で開催されました。

10月31日の教育講演は、日本歯科大学の中原貴先生より歯髄細胞バンクに関するお話がありました。

歯髄とは歯の中にある柔らかい組織です。

歯に栄養を与える血管や神経が入っています。

また、組織を作るもとになる幹細胞含まれています。

その歯髄幹細胞は骨髄細胞に比較して、分裂能力が高く、短期間でたくさん増やすことができるそうです。

その歯髄の幹細胞が歯槽骨、神経、筋肉などに変身することがすでにわかっています。

そのため、研究が進めば、虫歯や歯周病の治療だけではなく、身体の様々な病気に使える可能性があるのです。

そこで、その歯髄細胞を凍結保存しておき、将来病気になったときに再生医療として利用しようという試みです。

すでに、歯髄細胞バンクが存在し、歯の細胞バンク認定医が患者様から親知らずや矯正治療時の抜去歯などを、歯髄細胞バンクに送り、半永久的に液体窒素で保管するということです。

そして、病気になったときに再生医療で利用するということです。

歯髄細胞バンクの初年度の費用が5万円で、年間2万円の保管費用がかかるそうです。

私も歯の細胞バンクの認定医講習会を一日受講すれば認定医になれるということです。

皆さまはどう考えますか?

2018年11月 3日

ドイツは知る人ぞ知るチョコレート大国です。

世界にはチョコレート博物館という名の施設がいくつかありますが、おそらくケルンのものは規模も内容も世界一と思われます。

チョコレートの歴史やカカオ産地について学べる展示コーナーの奥にはチョコレート工場があり、製造過程を見学したりできたての生チョコレートを味わったりと、子どもはもちろん大人も楽しめる博物館になっています。

館内のショップには各種チョコレートにチョコビール、ポストカードなどチョコにまつわる商品がずらりと並んでいます。

ショップは入場券がなくても入れるのでお土産探しにもおすすめの場所です。

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チョコレート博物館入り口

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ケルン大聖堂のチョコレート模型

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入り口を入ってすぐ左手にショップがあります。

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この博物館の歴史が紹介されています。

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カカオ産地について学べる展示コーナーがありました。

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カカオの産地である熱帯雨林の植物などを温室で再現していました。

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カカオ豆の積み出し風景です。

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2018年11月 1日

ボンは、ジーベンゲビルゲ山脈の北部にあるライン川沿いのケルンの南約20 km に位置する、ノルトライン=ヴェストファーレン州に属するドイツ連邦共和国の都市です。

分断時代の1949年から1990年まで西ドイツの首都であり、ドイツ再統一後も首都機能を分担しています。

また、1288年から1803年までケルン大司教の在所であり、1818年にボン大学が設置された後は小さな文教都市という位置づけでした。

作曲家ベートーヴェンの生誕地・シューマンの終焉の地としても知られています。

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ベートーベンの生家です。夏に行きましたが、建物保護の為クーラーがないため、館内はかなり暑かったです。また、写真は撮影禁止でした。

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マルクト広場に出ます。朝市をしていました。

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マルクト広場にある市庁舎です。

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マルクト広場付近はカフェやレストランがたくさんありました。昼食は市庁舎の隣のレストランで伝統的なドイツ料理をいただきました。

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黄色い建物がボン大学です。以前はお城だったそうです。

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ミュンスター教会です。

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ミュンスター広場にあるベートーベンの銅像です。

2018年10月28日

オーデコロンがドイツから生まれたと聞いて私は驚きました。

実は、フランス語の「Eau de Cologne」を日本語に訳すと、「ケルンの水」という意味なのだそうです。

つまり、世界遺産の大聖堂で有名なケルンの「水」がオーデコロンの意味なのです。

ケルン中央駅に着くと、「4711 Echt Koelnisch Wasser」(本当のケルンの水)という大きな看板があります。

日本でも愛好家の多いオーデコロン「4711」はケルンで生まれたそうです。

そして200年以上もその伝統は受け継がれ、今や世界中にその名が知られるブランドとなったそうです。

お土産にオーデコロンとアフターシェーブローションを買いました。


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2018年10月24日

現存の大聖堂は3代目で、初代が完成したのは4世紀だそうです。

正方形の建物で、最も古い聖堂として知られていたそうです。

2代目は818年に完成し、12世紀後半に東方三博士の聖遺物が置かれたことで多くの巡礼者を集め、ケルンの発展に貢献したそうですが、1248年の4月30日に火災により消失してしまったそうです。

3代目は、2代目が消失した1248年に建設がはじまったそうです。

しかし、16世紀に入って宗教革命を発端とする財政難から一度工事が途絶し、ファサードの塔がひとつしかない状態が続いたそうです。

そして、建設が再開されたのは19世紀に入ってからだったそうです。

ナポレオン戦争の影響によりドイツでナショナリズムが高揚する中、建設途中であったケルン大聖堂に注目が集まり、1842年に建設が再開され、もうひとつの塔の建設がはじまり、全てが完成したのは建設開始から600年以上が経過した1880年だったということです。

今回は内部の紹介です。詳しいことがわかりませんので、写真のみでコメントは書きません。

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キリスト像

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2018年10月22日

ケルン大聖堂は、ドイツのケルンにあるゴシック様式の大聖堂です。

正式名称は、ザンクト・ペーター・ウント・マリア大聖堂といいます。

ゴシック様式の建築物としては世界最大であり、ローマ・カトリック教会のミサがおこなわれています。

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大聖堂が大きくて横長の写真では入りません。このプログは縦長の写真はダメのようですので2枚になります。

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正面右斜めからの写真です。


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2018年10月18日

前日夜のウエルカムディナーに引き続き、初日は講義の日となりました。ホテルから貸切バスでイエテボリ大学に向かいました。

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イエテボリ大学の中にある、20社ぐらいの企業が入居しているビルの中で講義は行われました。

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最初の15分ぐらいで、この日のスケジュールを創設者のひとりであるFredrik Engman先生が解説しました。

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最初の講義は、Lars Sennerby教授が行い、いつからインプラントに負荷をしてよいかということでした。

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ネオス・インプラントの創設者の一人であるNeil Meredith教授 はオステルの開発者です。インプラントと骨との安定性を検討するために、現在、トルクレンチ、オステISQ、ペリオテストなどがありますが、今回の講義はオステルISQを使用してインプラント微少振動計測を行い、即時負荷が可能か、あるいは普通負荷が良いかを過去のデータから整理したものでした。

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コヒーブレークの間に、創設者のひとりであるFredrik Engman先生と記念撮影をしました。

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小宮山先生が立ち上がって、Lars Sennerby先生に質問している所です。後ろの席にいるのは私です。

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次にFredrik Engman先生がネオス・インプラントの歴史とインプラントのデザインについてお話ししました。私がこのインプラントを使用するに至った経緯は、3点あります。一つ目はインプラントの表面が超親水性で、動画でインプラントの形成窩にインプラントを入れると、インプラントヘッドまで血液が吸い上げられたことです。二つ目はインプラントとアバットメントがNeolocコネクションという結合様式で、300Ncmの負荷をかけても壊れないことです。三つ目は、直径3.25㎜のインプラントを除いたすべてのインプラントはplatform switchingになっており、補綴が共通している点です。今回はインプラントとアクセスアバットメントの結合様式について、詳細にお話しされました。

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左がChrister Dahlin教授、右が元技工士で今は引退しているIgmar Galeus先生です。

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昼食を挟んで、午後からはChrister Dahlin教授の非吸収性メンブレンについての講義が行われました。その講義内容は、従来の非吸収性メンブレン(First generation e-PTFE membranes)に比較して、ネオスのネオジェン(Next generation e-PTFE membranes)が優れているというお話でした。


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最後に、GBR成功の鍵はPASS(初期の創傷閉鎖、血管形成誘導、空間の保持、安定性)であると結論付けました。

その後に、ネオジェンのHands-onが模型を使って行われました。

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すべての日程終了後、参加者にサーティフィケートが授与され、記念撮影が行われました。大変、充実した一日でした。

2018年10月15日

午前のELOSの工場見学から、昼食後、午後は博物館に行きました。

ヴァイキング時代の石でつくられた教会の発掘現場を観光しました。

この日は、バスで工場に向かっている途中気温が1度まで下がり、風も強くかなり寒い一日でした。

博物館は発掘現場の上に作られていました。

中に入ると、ガイドが15分ぐらい説明してくれました。

床が一部ガラス張りで、そのガラス越しにその当時に埋葬された人間の人骨などが発掘されていました。

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イエテボリからバスで2時間以上かかる何もないと思われる地域にネオスのインプラントを製作している工場がありました。

この工場は1951年に創業者の3人のイニシャルをとり、ELOSと名付けられたそうです。

また、1965年にはブローネマルク・インプラントの製作も行っていたそうです。

工場内は完全な写真撮影禁止でした。

また、ネオス・インプラントの高い親水性を付与している場面は見せてもらえませんでした。

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比佐デンタルクリニック 院長 比佐進吉 比佐デンタルクリニック
http://www.hisa-dental.com/
院長 比佐進吉

大学病院時代そして開業してからも、休むヒマなく歯科の研鑽と診療に取り組んできました。今は、夏休みやお正月休みに少しお休みをいただき、旅行に出かけたり趣味の音楽を楽しんだりしています。

【経歴】
1980年 日本歯科大学新潟歯学部卒業 同学部歯科矯正学教室助手
1982年 日本歯科大学大学院歯科矯正学入学
1986年 同大学院修了 歯学博士授与
1987年 日本歯科大学新潟歯学部歯科矯正学教室講師
1990年 矯正学教室退職後、非常勤講師
1990年 内藤歯科医院勤務
1991年 比佐デンタルクリニック開設、院長就任
自立支援医療機関(育成・更生医療)および顎機能診断施設指定
2003年 医療法人社団運上会 比佐デンタルクリニックに組織改編、理事長就任